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不適切と不都合な場所

2008/09/09 Tue 13:13

冬子さんの作品が人の深い部分、
シャドウを揺さぶることと彼女の存在について、
Kちゃんと「taboo」の話になった。

表層的な癒しではなく、
根底から容赦なくわき上がってくるような変容。
それはマグダラのマリアの中にもありましたが
月の道、湿った暗く見える道を通過して太陽意識へと
たどり着くような事。
(タロットカードでも太陽の前が月になっています)

で、何をもってtabooとするか? と。

んん、距離っていうのもひとつのワードなのかな。
などとと答えていると、
彼はこんな風に例えてくれた。


K「自分の髪の毛が、頭に生えているのはどう感じる?」

S「ぜんぜん違和感ない」

K「じゃあ、それが床に落ちていたらどう感じる?」

S「それは不快かも~自分の髪でも・・・」


それはとてもわかりやすい例えだった。

同じように風水研究家の友人が
「あるべき場所に、あるべきものがある」
ということがとても大切なこと。
とよく言っていますが。

その言葉、頭ではよく理解しているつもり。

でも「髪が頭皮をすり抜けて、床に落ちている図」
をイメージすることによって

より、リアルな「嫌な感じ・・・」として記憶される。

あるべきものが、ある場所に。

の重要性、本質的な意味を実感しました。

髪という存在自体、善し悪しはなく
頭皮から離れた事によって、
だいたいが不快なものになる・・・

存在というのは善し悪しではなく、
不適切な場所にいることが、不都合。



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